妙法寺

1269年に鎌倉の日蓮聖人が河口湖の小立地区にて説法を行い、その時に教化を受けた28人により草庵を建てたのが妙法寺の開山とされています。その後1274年に川窪(現在、六角堂がある場所)へ移り寺屋敷を建て、そして1559年に現在の地に新築されました。

本堂は明治19年の火災で焼失してしまいましたが、明治32年に再建されました。

三十番神堂

富士河口湖町指定有形文化財

法華経守護の三十番神像を祀る堂宇で、明治23年(1890年)に伊豆の宮大工により作られた折衷様式の建物です。

廻り舞台

富士河口湖町指定有形文化財

明治19年12月妙法寺は大火災に遭い庫裏・本堂・番神堂等を消失し、永い年月を要して再建復興され、現在に至っている。
三十番神堂については、明治23年に復興され、その拝殿としての廻り舞台も明治19年の火災焼失後に、林地区・久保地区の尽力により間もなく復興されたといわれている。
その当時、この廻り舞台では林地区の伝統芸能である地芝居(白波五人男・忠臣蔵など)を年2回実施し、上演時には地域の老若男女はもちろん近郊近在からの観衆が集まり、妙法寺境内内は身動きがとれないほどであったという。
また、「ヤートコ踊り」は芝居の幕間などの神社の祭典余興あるいは村内を引き回す山車の上でも踊り、おめでたい踊りとして親しまれてきた。
時代は移り変わり「ヤートコ踊り」も諸般の事情で衰退の一途であったが、この伝統芸能を継承しようという若者の熱意により、平成16年に本舞台で林地区の芸能祭りが開催され、地芝居は復活した。また、「ヤートコ踊り」も盛況となり、三年目の平成18年には山車も復活している。
全体的に建築部材の老朽化が進行していたことから、平成19年11月より約4ヶ月の工期をかけて建物の解体修理が実施された。

庫裏

富士河口湖町指定有形文化財

1818年に建てられた船津にあった民家を移築したもので、江戸時代末期の大戸や建具を備え、当時の様子をうかがい知ることのできる建物です。

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最寄りのバス停

河口湖ミューズ館入口

..徒歩3分

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富士河口湖町小立692